「日本と海外、どっちのほうがいい?」
なんて聞かれることが時々ある。
こういうとき、わたしは答えに詰まってしまう。
あまりに比較対象が違いすぎて、「いい、悪い」で比べることができないからだ。
わたしにはっきり言えることといえば
「日本で生きるのと、海外で生きるのは違う」
という、死ぬほど当たり前のことぐらいである。
違うけど、どちらがいいとか悪いとかはない。
未婚と既婚、子どもがいることと子どもがいないことは違うことだが、どちらがいいとか悪いとかがないように、日本で生きることも海外で生きることもわたしにとっては、
「状態として全く違う」
だけなのである。
「違う」のは、日常生活のみではない。
音楽におけるさまざまな場面でも、カルチャーショックを受けることは度々ある。
今回はヨーロッパのオーケストラで働いたときに、わたしが
「そうなのか。。。」
と感じたことをお話しししていこうと思う。
きみたちギリギリすぎ
日本のオーケストラで働いていたとき、わたしはいつも仕事の始まる1時間前くらいには会場に到着するようにしていた。
それは落ち着いて楽器を開け、チューニングと指ならしをして、リハーサルに臨むためである。
でも実は、
「なんか慣習的にそうだし、みんな早めに来てる」
から、深く考えず早めに来ていた部分もある。
そんな日本人の精神のまま、ヨーロッパのオーケストラで働くようになって受けたカルチャーショック。
それは、
みんな、仕事に来るのギリギリすぎ(笑)
ヨーロッパで始めてオーケストラのお仕事をもらった日、わたしはとてもドキドキしていた。
遅れては大変、と日本の感覚で当然リハーサル1時間くらい前に行く。
すると・・・・。
誰もいない。
ぽろーん、ぽろーんと調弦しているハープ奏者一人を除いて、
本当にだれもいない(笑)
会場を間違ったかと、焦っていると、そのハープ奏者が
「えっ?リハーサルは1時間後よ」
と親切に教えてくれる。
知ってますがな。
このとき団員さんが集まってきたのは、せいぜいリハーサル開始時間の15分前くらいだろうか。
この感覚に慣れるのに、わたしはしばらくの時間を要した。
しかしそのうち
海外ではリハ1時間前に行ったところで、下手すると椅子も譜面台も並んでない
ことを悟ってからは、自らもギリギリ出勤するようになった(笑)。
日本人は時間に正確で、外国人はルーズだと言われるが、「自分の自由時間」に対して正確なのは、圧倒的に外国人なのである。
上下関係は緩め
日本では、オーケストラなど団体で仕事をする際には、暗黙の了解の上下関係がある。
年齢が上の人は年齢の下の人に敬われるし、団員はエキストラよりは強い立場であることが多い。
エキストラに関しては以前こっちにも書いてあるので、よかったらどうぞ。
外国に来て完全に消失したのが、この概念だ。
こんなエピソードがある。
わたしがドレスデンの歌劇場で働いていた時。
その歌劇場には、オーケストラピッドに行くまでに長い廊下があった。
廊下には細長い棚が設置されていて、楽員たちはその棚で楽器ケースを開ける。
新入りのわたしは、当然誰よりも早くそこに行き、誰よりも早く楽器を開けることにしていた。
もちろん楽器を開ける場所は、舞台から一番離れた場所である。
ここならば、団員さんが使いたい場所を邪魔することがないからだ。
ある日、いつものようにわたしがひとりポツンと舞台から一番離れた棚で楽器ケースを開けていたところ、たまたまコンサートマスターが通りかかった。
彼は怪訝そうにわたしを眺めると
「なんでこんなところで楽器開けてるの?」
と聞いてくる。
「え?あ、わたしまだ勉強中なんで、、」
予想外の質問に、わたしは口ごもった。
その答えを聞いた彼は突然、がつっとわたしの楽器ケースをわしづかみにすると、ずんずんとオーケストラピッドの入り口のほうまで歩いていく。
そして、ピッドに一番近い棚の上にわたしの楽器ケースを置くと
「早く来た人が、一番いい場所をとるのは当然。」
と、呆れた顔をすると、
「同じ舞台にのっている人たちは、みんな同じ立場だから」
と言い残して満足そうに去っていった。
同じ舞台にのっている人たちは、同じ立場。
いい言葉だな、と思った。
それからというもの、わたしはそのオーケストラで働く、様々な立場の音楽家たちを観察し始めた。
すると、彼の言ったようにそこでは年齢や立場によって楽器の置き場所を考えたり、大きく態度を変える人の姿は、ほとんど見られないことに気づいた。
もちろん、オーケストラのカラーにもよると思う。
でも、その後わたしが働くことになる、ヨーロッパのどのオーケストラもそういう雰囲気だった。
自分が便利だと思った、空いている場所にケースを置く。
すごぶる論理的で、無駄のない思考である。
日本人では「相手に嫌な思いをさせないため、気づかれない気遣いをする」ことがとても重要である。
しかし「気づかれない」と言いつつも、絶対それは日本人同士では「気づかれて」、しかも「行われているかどうか監視されて」いることが多い。
ヨーロッパでは、この「気づかれない気遣い」はガチで「気づかれない」
そんなものがあるとは、想定されていないレベルである。
もしも人が気づかれない気遣いをすることで、徳を積めるのだとすれば、ヨーロッパに生きる日本人はみんな仙人になれるだろう。
こういう点に関しても、どちらがいいということはない。
そういうものなのだ。
わたしは正直未だに「変に気を遣ってもどうせ通じないので、ストレートに意見して行動する」思考がしっくり来ず、居心地悪く感じることが多い。
でもこれが人によっては、日本人でも楽に感じることも多いだろう。
譜めくり?できる人がやれば?
ここで突然のクイズです。
オーケストラで、1つの譜面台を共有する2人の奏者がいる場合、楽譜をめくるのはどちらの奏者でしょうか。
2.舞台に遠い方の席に座っている人
3.楽譜をめくりやすい場所に座っている人
ちっちっちっちっ。。。。。。。
それでは、正解です
正解は~~3番!
「楽譜をめくりやすい場所に座っている人」でしたー!
「は??」
今、日本のオーケストラを多く鑑賞されている方や、日本のオーケストラで演奏している方はきっとそう思ったに違いない。
もちろん、その「は?」は間違っていない。
日本では、2番の「舞台に遠い方の席に座っている人」が譜めくり担当なのだ。
オーケストラを弾いた経験がある方なら、これは知っておくべき常識として一番はじめてに叩き込まれる知識の一つであろう。
1つの譜面台を共有する二人の奏者のうち、舞台側に座っている人を日本語では「表」、舞台から遠く側に座っている人を「裏」と呼んでいる。
日本では、主にこの「裏」と呼ばれる奏者たちが、演奏中に素早く譜めくりを行っているのだ。
この譜めくりというのもなかなか技術のいる作業である。
「表」の奏者の演奏を邪魔せず絶妙なタイミングで行うには、熟練が必要だ。
早すぎても遅すぎてもダメ。自分の腕が「表」の奏者の視界を遮ってもいけない。
もちろん、バサバサ!と音を立ててもいけない。
オーケストラで弾き始めたばかりの時は、この譜めくりがうまくできず、「表」の奏者にジロリと睨まれた回数は数知れずである。
ヨーロッパのオーケストラで弾き始めたときの私は息まいていた。
わたしの長年の熟練、卓越した黒子のような譜めくりの技術で、表の奏者を感激させてやるぜ!と。
いざ、演奏が始まり、楽譜をめくる場所が近づいてくる。
すると
ぴらり・・・・・
なんと「表」の奏者が楽譜をめくってしまったではないか!!!!
えええええええええええーーーー
楽譜をつかみ損ねた手を居心地悪く宙に浮かせているわたしに、表の奏者は
「ん?あっ、譜めくりどっちがやる?」
と無邪気に聞いてきた。
どっちに、、、って、選択肢あるんすか?
「え?ふつう表側の人のほうが譜めくりしやすいじゃーん。しやすい人がしたほうがよくね?」
という答えを聞いたわたしの脳は、タスクが多すぎたパソコンさながらに固まってしまった。。
確かに。。。
楽譜って、右から左にめくるよね。
だから、右側、つまり表側に座っている奏者(※第一バイオリンの場合。ビオラやチェロ、コントラバス、配置によってはセカンドバイオリンは反対になったりします)のほうがめくるページを掴むのは簡単だし、早いのだ。
その奏者サイドの利便性を差し置いても、日本のオーケストラで裏の奏者が譜めくりをすることが徹底されている理由は、演奏を鑑賞されているお客様の視覚をなるべく邪魔しないという配慮と、後ろのほうの裏プルトには経験の浅い奏者やエキストラが座ることが多いので、そういう場合彼らに助手的役割を務めさせるという考えがどこかにあるからであろう。
ヨーロッパでは、奏者たちのやりやすさが最優先だ。
そして、「同じ舞台にのっている人は、同じ立場」であるので、表の奏者のほうが裏の奏者よりなんとなく偉いような錯覚もないのだろう。
アメリカだとまた違うんだろうけどね。
席によって給料が違うっていうし。
席で給料が見えるって怖いな。。
わたしのオケのセカンドバイオリンに至っては、座る場所は早い者勝ちだよ。(笑)
奏者の都合最優先のヨーロッパ式のやり方は、慣れるまでに少し時間がかかったが、演奏後客席から返ってくる拍手の温かさは日本も外国も変わらない。
もしかして、お客様的には表の奏者が譜めくりしてようと裏の奏者がしてようと、案外気にならないものなのかな?
今度、海外オーケストラの演奏会に行く機会があれば、譜めくりのシステムがどうなってるかにも注目して見てみると、その国やオーケストラのキャラクターが見えてくるかもしれない。
まとめ
今回はオーケストラにおける日本とヨーロッパの常識の違いについて書いてみた。
もしも今後、日本を飛び出して海外で働いてみたいと思っている音楽家がいれば、
「日本と海外は、どっちがいいとか悪いかとかでなく、それは違うもの」
と言っていた人がいたなー、となんとなく頭の片隅に置いておいてもらえればうれしい。
ただ、そんな皆さんが今磨いている演奏の能力。
それは、生活も言語も文化も違う海外で、変わらずあなたを助けてくれる最強の武器になる。
違う部分は多い。
でも、違わないその部分を大事に育てて、夢を追いかけて行ってほしい。
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