やらなきゃよかったバイオリンのバイト3選

その昔。

まだ女子高生だったわたしは、同級生たちの語る「バイト先のできごと」を聞くのが好きだった。

おしゃれなカフェやファストフード店で働き、他校のイケメン男子生徒と知り合い、デートに誘われる・・・。

そんな夢のストーリーに憧れて、わたしもいつかは「一般的なアルバイト」をしてみたいと願ったものだ。

「一般的なアルバイト」

そういうからには「一般的でないアルバイト」が存在するのだろうか?

するのだ。

音楽学生特有のアルバイトが。

今振り返ってみると、「あれ、一体何だったんだろう。。」という音楽学生特有の謎アルバイトの数々が思い出される。

その中から、今回は「やらなきゃよかったバイオリンのバイト3選」をランキング形式にてお届けしたいと思う。

第3位 編成的にむちゃぶり


日本の音大で勉強中、わたしによく電話で依頼を持ちかけてきた会社がある。

その会社は、冠婚葬祭で生演奏を必要とする人たちに、楽器演奏者をマッチングさせる会社で、仮にその名前をA社としておこう。

A社から依頼される仕事で特に多かったのは結婚式での演奏だ。

結婚式での演奏というのは、音大生にとってかなりよく発注される仕事の一つだろう。

わたしも当時は、ほぼ毎週末何本もの結婚式をハシゴして演奏していた。
恐らく他人の結婚式に出席した回数は、ウェディングプランナーについで多い位かもしれない。

通常結婚式などの演奏仕事は、事前に音楽事務局が新郎新婦の希望演奏曲をヒアリングしてある。
その上で、式のどのタイミングでどの曲を演奏するか、ということが演奏家に説明されるのだ。

しかし、このA社の依頼はいつもゲリラ形式である。

「すいません、今日14時から、青山で結婚式、お願いします!」

出たよ。

まさかの当日依頼である。

結婚式当日に、楽器演奏入れることを思いつきで決めるカップルっている?

「予定は空いてますが。。編成と曲目は?」

誰か演奏する予定だった演奏家が病気でキャンセルしたのかもしれない。
こういうとき、わたしはついつい気の毒になり、依頼を引き受けてしまう。

「ご依頼主のご予算の都合でバイオリン1本です!曲は、ご希望に合わせて、適当に!」

適当に。

うちのお母さんだって「ご飯何でもいい。適当に」って言ったら怒るよ?

でも、ここでグダグダ言っている暇はない。
もう楽器を掴んで現場に急行しなければ間に合わないのだ。

こういうアドリブしかないような仕事は、やはりリスキーなことが多い。

会場についてみると、そこは一般的な結婚式会場というよりは、パーティー会場のような装いである。

若く親切そうな新郎新婦に挨拶をし、どんな感じの曲を希望するか聞くと、やはり「何でも良い」という。

なんでもいいとは言え、こちらの武器はバイオリン1本。

演奏レパートリーに大した選択肢があるわけではない。

わたしは無難に、バッハの無伴奏パルティータとソナタから、明るい系、穏やか系の曲を順番に弾き進めていった。

やがて、宴もたけなわとなったパーティー会場。

ほろよい気分の新郎新婦の親族がやってきて、さまざまな曲をリクエストし始めた。

知ってる限り対応しよう、と努力するわたしの気分は人間ジュークボックスさながらである。

人々の酔いが回ってくるにつれて、リクエスト曲は徐々に壮大で大編成なものになっていく。

やがて

「スターウォーズを弾いてくれ!」

来た・・・・。

それフルオーケストラの曲やん。
バイオリン1本で弾けと?

説明しよう!

オーケストラの曲というのは、何十人もの人たちがさまざまなパートを一斉に演奏して一曲になっているのだ!

バイオリン1本でオーケストラの曲を弾けというのは、じゃがいもだけを手渡して「カレー作ってね💛」というのに近いものがある。

とは言え、仕事は仕事である。

できる限りメロディーラインを拾って演奏をするにはしたが、あんな世にも貧相なスターウォーズは後にも先にもあの1回だけであろう。

せめて準備したかった。。。

敗北感の残る無茶ぶりの仕事であった。

第2位 コスプレする機会はそれなりにある

さまざまな演奏仕事の中には、衣装を指定される機会も少なくない。

その中には

「上は白ブラウス、下は黒スカート」

のように、割とわかりやすい指定から

「明日は、じゃあ、えーと、初めてのデートのような感じの格好で」

という、めちゃくちゃ微妙な指定のこともある。

わたしが大学1年生のときのことである。

「弦楽四重奏で、1時間程度、有名どころの曲を弾いてほしいんですけど」

という依頼が舞い込んだ。

わたしはその依頼を二つ返事で引き受けた。

弦楽四重奏での演奏は好きだし、演奏会場も遠くない。
報酬も良くもないが悪くもない、相場の提案だったからだ。

「それで、ひとつちょっと特殊なお願いがあるんですけど」

わたしの承諾を受けて、依頼主の声のトーンが一段階下がった。

「高校生の、その、制服を着て演奏してほしいんです」

「なんて?」

わたしは思わず聞き返した。

よくよく聞いてみればこうだ。

依頼主はとある女子高。

その女子高で催される文化祭のようなお祭りの会場で、学校側はお客様たちに生演奏を楽しんでもらいたい、ということなのだ。

そしてその演奏者は、あたかもその学校の生徒のように見えてほしいということなのである。

「それ、なんか騙してるみたいじゃないですか・・?」

半目になるわたしに依頼者は、

「騙してるなんてとんでもない!別にあなたたちを本校学生ですって紹介して演奏させるわけじゃないんです。単なるそういう衣装設定なんです!」

わかるようなわからないような説明にごり押しされて、わたしは結局1年ぶりに当時はやりのミニスカート&ルーズソックスを身に着ける羽目になった。

ただ一つ、心の救いは他のメンバー3人も大学生で、中にはわたしより学年が上の人もいたということだ。

当時は「大学生になって、高校生のコスプレなんて・・」と恥ずかしい気持ちいっぱいで演奏したが、今となってはみんなで写真の一枚でもとっておけばよかったと後悔している。

第1位 朽ち果てそうな洞窟で野宿



若き音大生の特殊なバイトの一つに「当て振り」というものがある。
この当て振りでは、「演奏している姿の映像」だけが商品として必要とされる。
つまり、音は必要ない。

もう一度言う。

音は必要ない。

と、言うわけでこの仕事がもらえるのは、その姿が映像映えがするときだけである。

テレビの芸能人の後ろなどで、華やかな若者たちが笑顔でバイオリンを弾いていたら、その子たちは実際に存在するが、鳴っている音は別撮りで、実際の音はベテランのおっさんが弾いているのかもしれないのだ。

音大在学中、この当て振りバイトの依頼が頻繁にあった。

わたしは当時女子大生には珍しく髪を染めておらず、黒髪のロングだったので、「黒髪ロング、バイオリンを弾く若い女性」の映像が欲しい依頼主が結構いたのである。

ある日のことである。

大学の先輩を通して、わたしの元に舞い込んだ一つの当て振りの依頼があった。

それは、

「有名グループのプロモーショングループのバックでバイオリン演奏の映像を提供する」

というものだった。

そのグループは、芸能界に疎いわたしでも名前を聞いたことのあるグループであった。

報酬も悪くなく、わたしは好奇心からすぐにその依頼を引き受けた。

「撮影場所が少し特殊だから気を付けてね」

そう言って先輩から手渡された、詳細が書いたプリントを見て、わたしは眉を寄せた。

撮影場所: 無人島

「おー、無人島かー」

この時のわたしはまだ、この後起こる災難など想像もせず、人生初の無人島にのんきにテンションを爆上げしてたのである。

撮影当日。

わたしはフェリーに乗って、その無人島に向かった。

無人島といえど、その島には一日に数本フェリーが往復しているようだ。

このフェリーの最終便に間に合うように、今回の撮影は終わる手はずになっている。

撮影場所として、その島はまさしくぴったりの絶景であった。

きらめく海、深い森、そして少しミステリアスな洞窟。。。

撮影は淡々と進んで行った。

当て振り演奏のとき、音は一切必要ないので、わたしは笑顔でバイオリンをかき鳴らす映像を提供し続けた。

ただし、主役の芸能人はわたしたちの前で歌ったり踊ったりしているわけで、あまり関係ない音でうるさくなってしまっては失礼である。

こういう時、場合によっては弓の毛にセロテープを貼って音が出ないように細工をすることもある。(もちろん撮影用の安い弓だ)

この時もわたしはカメラの前で、セロテープが貼られた音の出ない弓を使って関係ない曲を延々と弾き続けていた。

やがて、日が傾いてきた。

撮影という仕事は、予定が押すことも往々にしてありうる。

ただ、今日はどうしても予定通り終わってもらわないと問題がある。

フェリーの最終便がなくなってしまうと本土に帰れなくなるからだ。

わたしの願いとは裏腹に、撮影はどんどん押して行く。

無人島には森の木々が長く暗く影を落としはじめてきた。

気温はあっという間に下がり、身に着けている衣装だけでは寒くて平常心ではいられなくなってくる。
あたりを見回すと、照明を点けるためのドラム缶のような発電機が微振動しながら立っていたのが目に入った。

わたしは、その発電機のそばにしゃがみ込み、発電機のエネルギーで暖をとりながら、間もなく撮影が終わるのを祈り続けた。

しかしその祈りもむなしく

「フェリー最終便、出港しました!」

というスタッフの声が響き渡った。

この時点で、まさかの人生初めての無人島での野宿が確定したわけである。

「ちょうど洞窟があるんで、ここで一夜を明かしてください」

スタッフが案内したレンガ造りの古い洞窟は、暗く、どこか湿ったにおいがした。
その洞窟はところどころ壁が剥がれ落ちており、映像的にはホラーゲームのオープニング画面を連想させた。

「俺さあ、聞いたことあるんだよね。。」

そのとき、一緒に当て振りの仕事をしていたチェロの先輩が口を開いた。

「この無人島、戦時中は軍が駐留してたことがあるんだよ。だからさ、島には弾薬庫とか砲台とかがあるんだよ」

「そういうのやめてくださいよ!」

当時まだうら若き女子大生だった私は、悲鳴に似た声で抗議の声をあげる。

「もしかしたら、この島も戦場になったのかも。。ほら、洞窟のこの穴さ、もしかしたら銃弾の跡、、弾痕かも・・」

もうこの時のわたしは恐怖と不気味さで声も出なかった。

永遠とも思われる夜が明け、再び太陽が島を照らしたときの喜びをわたしは一生忘れない。

延長料金など当然含まれていない撮影代3万円をにぎりしめて、逃げるようにフェリーに飛び乗ったわたしは誓った。

二度と無人島で撮影仕事はしない!

まとめ

職業変わればバイトも変わる。

今思い返せばあり得ないようなバイトの数々も、時間が経てば全ていい思い出である。

少なくともまあ、この場でネタにはなっている。

今現役の音大生たちも、日々謎のバイトに奔走しているかもしれないが、どうか学業に支障のない程度に楽しみながら頑張っていってほしい。

わたしから一つだけアドバイスできることは、

無人島撮影の仕事には、コートを持っていけ。

以上!約束だぞ!

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